吉田K

98Y

「AIvs教科書を読めない子どもたち」あらすじ・書評

あらすじ

2018年、テレビや新聞でAI(Artificial Intelligence、人工知能)という名前を当たり前に耳にするようになって久しく、巷にはAIに関連する書籍が溢れている。しかし著者いわく、本著はそれらの「AIが神になる」「AIが人類を滅ぼす」といった扇情的なものとは一線を画すものである。というのも、本著は一貫してAIの限界を示すような内容になっているからである。

著者はまず、世間に広まっているAI像とその実態の乖離を指摘する。彼女によると、そもそも現代において本当の意味でのAIというものは存在しない(彼女は本当の意味でのAIと世間一般に言われるところのAIを区別し、前者を「本当の意味でのAI」、後者を「AI」と呼称する)。Siriのように世の中にはまるで人間の言葉を理解しているかのようなAIと呼ばれるものがあふれているが、それらは人間並みもしくはそれに準ずるような知能を持っているわけではないというのである。

その理由は現在のAIの仕組みにある。そもそもAIはコンピュータであり、コンピュータがするのは計算、それも四則計算のみである。つまり、現在のAIが目指しているのは、人間の知的活動を四則計算で表現するか、表現できていると感じる程度に近づけることなのである。しかし、知的活動を科学的に観測する方法などそもそもなく、前者は実現すべくもない。では後者はどうか。後者を実現するために今盛んに研究が行われているのはSiriなどに代表される「ディープラーニング」と呼ばれる手法である。しかしこれは統計と確率の手法の延長であり、結局のところ現在そして近い将来論理的な思考を再現することは不可能なのである。また著者は、世間で通用しているAIという言葉は「AI技術(AIを実現するために研究されている技術)」と混同されていると指摘する。当然だが、「AI技術」自体はAIではない。先述のSiriなども、厳密にいえばAIではなくAI技術なのである。

人間並みの知能を持つAIが誕生し得ない以上、AIによって人間の仕事が脅かされることはないように思える。しかしその考えは早計であることを、筆者が主導してきた「東ロボくん」プロジェクトが証明している。

「東ロボくん」プロジェクトは、AIが東大に合格することはできるか?というテーマを掲げて2011年に始まったプロジェクトである。結果から言えば、開始から7年が経った今、MARCHの合格圏には達しているが、東大に合格することはできていない。情報検索や論理的な数式処理では、世界史や数学を解くことはできるが、この方法では国語や英語で得点するのが難しいからである。たとえ論理的な言語処理ができたとしても、文章に書かれていない「常識」に基づいて判断することのできないAIには、文章題の読解をすることはできないのである。しかし世界史や数学、つまり知識と計算に強い以上、主にそれらが必要とされる仕事、いわゆるホワイトカラーと呼ばれる仕事は、今後AIによって代替されていくだろうと著者は指摘する。そうすると人間はAIにできない仕事、コミュニケーションや理解力、いわゆる「読解力」の求められる仕事をできるようにならなければならなくなる(ここでの読解力とは「文章の意味内容を理解する」という意味)。

では私たち人間は、その「読解力」を十分に持つことができているのか?累計2万5千人を対象に実施された基礎的読解力のテストによると、中学校卒業の段階で、3人に1人が簡単な文章を理解できないという結果が出たそうだ。また高校生の半数以上が、教科書に書かれた内容をしっかり理解していないことも分かった。つまり先ほどの問いへの答えはNOということになるだろう。そして残念ながら、読解力を向上させる方法を解明した科学的な研究は未だないのが現実である。

当然のように、これから企業で必要とされる人材は、AIで代替できないような人材となる。しかし現在の教育ではこのような人材を育てることはできていない。

そうなると、AIでは代替できない仕事は変わらず人材不足のまま、AIに仕事を奪われる人々が多数発生することになる。著者はこれによって「AI恐慌」が起こると警鐘する。「AI恐慌」を回避するには、AIに代替される仕事を上回る量の仕事を新たに生み出すしかない。

しかしながら、新たに生み出される仕事はAIに代替されない仕事でなければならない。AIが既にMARCHの合格圏に達している現状を踏まえると、人間にしかできない知的労働に従事する能力を備えている人は全体のわずか20%に満たない可能性がある。著者は、その未来を避けるためには、一人一人が小さくても需要が供給を上回るビジネスを探すこと、つまり人間にしかできないことを考えて実行に移していくことが必要であり、それが唯一の道であると語る。そうすることができれば日本も世界も、「AI恐慌」に見舞われることなく発展していくことができるのである。

 

書評

本書はこのように、AIの現状・現実を研究者の立場から丁寧に解説し、またAIが我々に及ぼしうる影響を警鐘するものとなっている。しかし、「AI恐慌」が多くの人々が「人間にしかできない知的労働に従事する能力」を持っていないことに起因して発生するにも関わらず、それを防ぐ対策として「人間にしかできないことを考えて実行に移していく」ことを挙げているのは矛盾しており、結局のところそれができる人間を育成することを掲げた著者のプロジェクトであるRST及びそれを提供するための社団法人「教育のための科学研究所」を宣伝するための展開であることは否めず、論理展開として納得のいかないものであった。ただ、内容としては非常に分かりやすいものとなっており、特にAIの知識がないものにとってはAIが何なのかを最前線の研究者から学ぶことができる良書だということができるだろう。